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Peaceful Days Special

Peaceful Days Special

 恋人の部屋のソファに座り、ゆっくりと背もたれに身を委ねた。
 開いた両手が手持ち無沙汰で、何気なく傍にあったクッションを引き寄せてみる。
 微かにコロンの残り香が漂い、愛しい人が近くに居るような、そんな気分にさせてくれる嬉しさに、京は腕の中のクッションをそっと抱きしめた。
 レースのカーテン越しの日差しは柔らかく、京を優しく包み込む。
 そのまま自然に横になり、一人で使うには充分大きなソファを独り占めしてみた。
「あったか…い……」
 目の前に広がるソファの深いブルーが、まるで海の水面のようで、うっとりと目を閉じた。
 このまま眠ってしまったら、拓也はどんな顔をするだろうか。
 決して怒りはしないはずだ。京の穏やかな眠りを誰よりも喜んでくれる人なのだから。
 身体を気遣う優しい囁きと……キス。寒い日ならば、暖かなブランケットも付くだろうか。
 想像して意識せず微笑んだ。
 自分ほど幸せな人間がいるだろうかと。
 穏やかなまどろみの中に身を委ねていると、時間の流れそのものを忘れてしまう。
 夢の中を泳ぐように、それほど遠くはない過去が、次々に現れは消えてゆく。
 そうやって淡い懐かしさを帯びた記憶を弄んでいると、瞼に感じる柔らかな感触に呼び起こされ、京はゆっくりと瞼を上げた。
 目の前には、陽の光しを透かした美しい琥珀色の瞳。夢の続きにしては良く出来ていると思った。
「……拓也さ……」
 呼んだ名は最後まで声にさせてもらえず、恋人に吸い取られてしまう。
 触れ合うだけの唇は徐々に深くなり、濡れた音を部屋の中に微かに響かせる。身体の奥に潜む、熾き火のような快楽を見せつけられ、京は熱い息を逃がした。
 優しさと少し意地悪が入り混じった官能的な瞳が京を誘う。
「ん……」
 おずおずと舌を差し出すと、甘噛みされ、背筋に痺れが走った。思わず縋ろうと伸ばした手は、そのまま指を絡めとられ、ソファへと縫いとめられてしまう。だが、決して強いものではない。
「可愛いね、京……」
「……」
 いまだに『可愛い』と言われるのには少し抵抗がある。けれど、拓也の紡ぐ言葉は魔法のように京を甘く蕩かしてしまい、最近では否定すらさせてもらえない。
 口接けのまま抱きしめられ、その安堵に目を瞑る。
 ゆっくりと伝わる、愛しい人の重さと温度。
 広がるのは、海の風景。
 拓也だけが持つ、深く広く、そして何よりも美しい海。
 嵐のような激しさも、風ひとつない凪も。穏やかな朝であり、輝く昼であり、そしてひっそりとした夜でもある海は、拓也と良く似ていて、そしてまるで別のもの。初めて逢った、……すれ違ったあの時から京を捕らえて放さない。
「……何を考えているの?」
 責める口調ではない、静かな問いかけ。
「想い……出してた……」
 何を? と目で優しく促される。
「初めて勝也の」
「勝也?」
「ぁ……」
 間髪を入れず遮られた言葉に、京は少し驚き身を強張らせたが、溜め息と共に力を抜いて、小さく笑った。
 記憶の流れで言葉を紡げば、拓也の家というよりも、勝也の家となってしまうのは、許して欲しい。
「初めて……この家に来た時を思い出してた」
 恋人の複雑な表情を間近にし、京はそっとその丹精な頬に触れる。
「俺が……拓也さんと初めて会った時の事だよ」
「……」
 あの日から、ずっと……ずっと心の中で求めていた人が、今傍に居てくれるという奇跡。
 想うだけで、どこかに居てくれるというだけで充分だった。共に時を過ごす事など無いと思っていた人。
 幸せで、幸せで。
 自然と涙が溢れてくる。
 あの時溢れた涙の意味も、今なら解る。
「ずっと好…き……だな、って」
 きっと、出会う前から好きになると決まっていたのだろう。
 運命と言ってもいい出会いがあるとすれば、目の前の人以外ありえなかった。
「……京」
 優しい指先が、濡れた眦を拭ってくれる。
「今も、拓也さんの……全部が……好き」
 容の良い唇が、美しい微笑みを作る。
「僕もだよ。京だけを愛している」
 幾度も繰り返される甘い言葉に包まれ、京は幸福のままに瞳を閉じた。

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